化け物をひとつ飼っている、

 化け物をひとつ飼っている。犬にも猫にも似ても似つかぬ顔付きで、くうくう眠っていたところを捕まえたのがすべての始まり。夜のように黒い体毛も、下品に光る六つの黄緑の眼も、二つばかり関節が多い両脚も、今ではすっかり見る影も無いが、それでも楽しそうにやっている。思い付きで与えた使用人という役割は案外悪くないらしい。

 化け物をひとつ飼っている。一体どこで覚えたのやら、きちんとしたカーテシーをやったものだからひどく驚いた。得意げな顔の化け物曰く、「むかぁしそういう女を食ったのです」とのことだったが、次いで語られた言葉には言うまでもなく肝が冷えた。「使用人とは言え、良い味でした。やはり、良い家で良い物を食べている生き物は良い味になるのですね」

 化け物をひとつ飼っている。が、他の使用人から苦情が出た。「化け物じみている」とのことだ。化け物であることは伏せているのでどきりとしたが、話を聞けば食欲のことらしい。化け物には「少しは遠慮するように」、料理人には「いくら旨そうに食うからといって際限なく与えないように」、使用人には「人を化け物呼ばわりしないように」と注意した。

 化け物をひとつ飼っている。今朝方は鴉のような黒髪を真っ白い羽毛まみれにして、新しい枕を買って欲しいと願い出てきた。承諾すると同時に、何事なのかを問い正す。「寝ぼけてうっかり」とのことなので、同衾を申出でられた者は断ること。(無いとは思うが。)

 化け物をひとつ飼っている。肉が硬いと文句を言うので「片付けくらい黙ってやるように」と何度か叱り付けたが聞く耳を持たないので諦めた。先日食べたシチューを気に入ったらしく、ああいう物が食べたい旨を主張される。まさかこれを調理するように頼む訳にはいかないので、自分でやるよう伝えたところなんとも渋い顔をしていた。

 化け物をひとつ飼っている。ハンガーに掛けるように頼んだファーコートを撫でていたので、目立つことはやらない方が良いと助言した。自分の毛並みを思い出すそうだ。以前の姿が恋しいかと興味本位で聞いてみたが今の方が便利だと間髪を入れず返された。指が五本あるから、とのこと。

 化け物をひとつ飼っている。助言したにも関わらず、客間のカーペットを撫で付けていた。ファーコートよりも毛足が長く、こちらの方が似ているかもしれない。寒い日には小鳥が暖を求めて潜り込んでくるあったらしい。微笑ましいところもあるのだと思ってしまったが、そういえば先日は窓の外に見える鳥の姿を眺めながら腹の虫を鳴らしていたはずだ。

 化け物をひとつ飼っている。クシュンクシュンとやる度に、髪の隙間からぎょろっとした眼が顔を覗かせるものだから血の気が引いた。他の者には入院させたと説明し、慌てて自室のクロゼットの中に押し込める。くしゃみの音が聞こえる度に、ビリビリバリバリと騒々しい。風邪を引けども薬なんぞは化け物の身体には毒らしく、時間薬だけが解決の糸口である。愛用するネクタイに似た布切れからは目を背け、黒い体毛とともに屑入れに押し込んだ。

 化け物をひとつ飼っている。鯉もいくらか飼っている。餌をやっていた際、歯型が付いているのを見つけてしまった。犯人と思しき者は小袖を濡らしてシラを切るので料理人には「やはり多めに食わしても良い」と話をしておくことにする。

 化け物をひとつ飼っている。今日はたまたま運悪く、つまみ食いの現場を目撃してしまった。主人と従者である手前、叱らない訳にもいかないので叱ってみたが効果が無い。せめて周りにバレないように、と厳しく言い付けても「その時は食べる物が増えるだけでしょう」とクスクス笑う始末。雇い直すこちらの身にもなって欲しいと思いつつ、口の端から飛び出しているコオロギの脚を早く仕舞うように注意した。

 化け物をひとつ飼っている。どうやらあれは夜行性らしい。夜毎に聞こえる、ごとごとぱりぱりという安眠妨害甚だしい騒音が確たる証拠。とはいえ眠気には勝てないもので、詰問するのは明朝で良いだろうと、うつらうつら考えているうちに眠りに落ちた。明くる日の惨状に己が絶句するのは、また別の話である。

 化け物をひとつ飼っている。時折粗相をすることに目を瞑れば、それなりといった具合で役に立っている。明日の来客に備えて支度をさせているが、先程覗いた限りでは問題無さそうだ。腕が一、二本ほど多く見えるのは恐らく見間違いの筈なので、今日は早目に仕事を切り上げて休むこととする。

 化け物をひとつ飼っている。今日は何故だか様子がおかしく時々溜息までついている。黙って様子を窺っていれば、やがて語り始めた。「これでは元が取れません」わあっと悲痛な声とともに持ち上げられるのは、白く細い腕。「お八つまで分け与えていたんです。ああ、どうしてこの娘は覗き見なんてしたんでしょう……」よよよ、としょぼくれているので、「勝手に畜産業を始めるな」と釘を差した。

 化け物をひとつ飼っている。食器が減っているとの報告を受けたので問い質してみたところ、「毒を食らわば皿までと言うでしょう」と、全く悪びれる様子の見受けられない返答を貰った。その上、新しいスパイスを試しているようで乙なものでしたね、とやたら上機嫌に語る始末。手に入れるのには非常に苦心したため、あれをスパイス呼ばわりされるのは非常に不本意である。