化け物をひとつ飼っていた、


 化け物をひとつ飼っている。これを見初めるなんて趣味が悪い。「あれはよく食いますよ」との忠告も虚しく、その昔、怪しまれぬようにと適当に誂えた戸籍の類いを良いように使ってすっかり貰われていった。「首尾良くやれよ」と声を掛ければ「言われなくても」と生意気な口振り。せめて彼の家計が食いつぶされないことを祈る。

 化け物をひとつ飼っていた。あれから一月ほど過ぎたが仕事の面は特に問題なく回っているようだ。それは大変良いのだが、ただ一人、料理人だけは元気が無い。預かり知らぬところで随分と可愛がられていたらしく、「今夜はあの子の好きなシチューにしましょう」と、何かにつけて食わされている。

 化け物をひとつ飼っていた。しかし半月で帰って来いとは言っていない。「やはり男は肉が硬い。食うなら女に限ります。それも、とびきり煮込んだシチューにでもするのが良いですね」昔は何でも喜んで食ったはずなのに、少々良い物を食わせすぎたのか、今更躾直すというのも無理な話だが。「まだ食うか」「全部食っても良いと言ったのは貴方でしょう」

 化け物をひとつ飼っている。雨の日の庭先で、ぐうすか眠っていたところを捕まえたのがすべての始まり。化け物然たる姿は今では見る影もなく、文句を付けつつ食堂の残り物を片付けている。昔は何でも喜んで食べたはずなのに、少々贅沢をさせ過ぎただろうか。今更躾け直すのも無理な話だが。