不死者とココアとシバタさんと


 胡乱な研究の協力者として不老不死の体になった私だったけれど、日々の暮らしは平凡なもので、以前よりも快適に暮らしているかもしれない。
 研究協力とは名ばかりで、これと言ってやることはない。私を不老不死にした張本人であるナツメさんからも「何もしなくていいよ」とお墨付きを貰っている。そうは言っても部屋を一室借りている以上、何もせず日々を過ごすだけでは申し訳が立たないので、炊事洗濯や掃除といった家事労働を願い出た。この提案にはナツメさんも喜んで賛同してくれて、おまけに「お給料」という名目でお小遣いも貰えるようになった。
 そういう訳で私は家事全般と、時々ナツメさんの話し相手をこなしながら日々務めている。
 そして、その家事の合間を縫って、ナツメさんの尋ね人であるシバタさんとやらを探す計画だった。
 --だったのだけれど。
 
 
 結論から言えば、シバタさんは呆気ない程すぐ見つかった。
「たまには外食でも」というナツメさんの提案を受けて、その日私達は駅前に位置するファミリーレストランに向かっていた。
「今から向かったらちょうどお昼だね」「何組か待たなきゃいけないかもしれないですね」「もしそうなら、ゆっくり待たせて貰おうか」「時間はいくらでもあるから?」「そうそう」とかそんなことを言い合いながら歩道を歩き、四辻に差し掛かったところで私達はシバタさんとの邂逅を果たした。
 
 その時の流れはこうだ。
 まず始めに私の隣を歩くナツメさんが「おや」と言い、突然声を上げたナツメさんに驚いた私が「えっ」と言い、その声で私達に気付いた黒の短髪にメガネを掛けた男性(つまりこれがシバタさんである)が「げっ」と言いながら「げっ」という顔をしてこちらを見たので、私は「ああ」と一人で納得したのだった。
「げっ」という顔をしたシバタさんに対して、ナツメさんはいつにも増してニコニコとしながら「やあ久しぶり」と声を掛ける。そうして、「お昼はもう済ませたかな? 私達は今からの予定なんだけど、君が良ければ一緒にどうだろう」とシバタさんをお昼に誘った。
 
 
 そういう過程を経て、私達は今、駅前のファミレスにいる。
 隣に座るのはいつも通りにこやかなナツメさん。向かいに座るのは気まずそうなシバタさん。二人の様子を眺めながら、私はちびちびと店員さんが運んでくれたお冷で唇を湿らせている。
「お変わりないようで何よりです」
「うん。そういう君も」
「ええ、ええ、そうですね。そりゃあもちろん変わりませんよ」
 半ばやけっぱちに答えるシバタさんに、ナツメさんは「あはは」と笑い声を上げている。
 
「……それで、ナツメ先生。そちらの方は」
 シバタさんの視線がこちらに向けられた。すっかり傍観者に徹していた私は慌てて姿勢を正す。
「あ、えっと、マキって言います。すみません挨拶もせず……」
「いえ、こちらこそ。シバタです。……ええと、あの、マキさんはナツメ先生とは一体どういうご関係で……」
 言い淀むシバタさんに答えるべくナツメさんが口を開いた瞬間、シバタさんの眉間に皺が寄るのを私は見逃さなかった。お冷の氷が溶けて、コップの中で涼しげな音を鳴らす。
「勿論、マキさんも研究に協力をしてくれて――」
「やっぱり……!」
 ナツメさんが言い終わるよりも早く、悲痛な声と共にシバタさんは項垂れて頭を抱えた。長く大きい溜め息を吐き切って、この世の終わりを思わせるような暗く低い声で、ボソボソ何かを呟いている。
 
「ああもう、先生はまたこんなお嬢さんまで巻き込んで……」
 お嬢さん、という言葉の響きがこそばゆくてなんだか落ち着かない。ソワソワしていると隣ではナツメさんが呆れた様子で肩を竦めている。
「シバタくんは相変わらず悲観的だなあ」
「先生が楽観的すぎるんじゃないでしょうか」
「あはは。……それにしても、お互い随分近くに住んでたみたいだね」
「本当ですね」
 二人の話に同意する。ファミレスに向かう道すがら、シバタさんの住所を聞いて驚いた。お互いの住んでいるところはとても近く、歩いて10分も掛からないかもしれない。今日の今日まで気付かなかったのが奇跡だと思う。尋ね人とは一体なんだったのか。
「私はあまり外に出ないから」
「はあ、相変わらずですね。……前の住居からはいつ引っ越されたんですか?」
「二年前だったかな。そろそろあそこも引き払う時期だと思って」
「英断ですね」
 シバタさんが店員さんを呼び止めて、お冷のおかわりを頼んでくれた。
 
「それで」とナツメさんは手に付いた水滴を紙ナプキンで拭き取る。「シバタくんは帰って来てくれるつもりはあるのかな」
「ええ、そうします。どのみちいつかは帰らなくてはいけないものと思っていたので、今日こうして出会ったのも何かの縁だと……。いえ、寧ろ、いきなり出ていった僕が帰ってもいいのでしょうか」
「勿論」ナツメさんはお冷を口に運び、迷う素振りも見せず即答する。「優秀な助手を拒む理由は無いからね。なんてことはないよ。少しばかり休暇を取ったと思えば」
「ありがとうございます」
 
 シバタさんは御礼の言葉を述べて頭を深く下げた。少ししてから頭を上げて、「マキさん」と私の名前を呼んだ。
「はい」
「そういうことになりましたので、改めてよろしくお願いします。一応ナツメ先生の助手をさせて頂いていました。先生とはこうなる前からの付き合いなので……まあ、それぐらいの年齢だと思って頂ければ……」
 それぐらいって、一体どれぐらいだろう。ナツメさんもシバタさんも若々しくて、見た目から判断できる年齢は全く信用出来ない。とりあえず納得したフリをして何度かコクコク頷いた。
「マキです。よろしくお願いします。えっと……ナツメさんには最近お世話になって、いつも料理とか掃除とかそういうことを――」
「えっ」
「えっ、な、なんですか」
 いきなりシバタさんが素っ頓狂な声を上げるものだから驚いてしまった。何か変なことを言ってしまっただろうか。
「ああ、そうそう。マキさんは家事全般をこなしてくれてるんだ。とても優秀だよ」
「えっ……それ、本当ですか、先生」
「ほんとのほんと。ね、良いでしょう」
「ええ、はい。素晴らしいです」
 賛同を求めるナツメさんに、即座に同意するシバタさん。私はかつてのシバタさんが家出をした理由を確信しながら、「多分僕はもう出ていかないと思います」と嬉しそうに宣言するその顔を「それでいいのかなぁ」と思いながら眺めていた。ガッチリと握手を交わす二人を不思議そうに眺めながら店員さんが料理を机に並べる。私が注文した照り焼きハンバーグはまだ出てくる気配が無い。