なにもしらない


「嘘っぱちですよ、あんなのは」
 男は淡々と言ってのける。あんなの、とは彼が師事する先生が生業としているイタコ芸のことである。
「嘘です。デタラメです。インチキです。先生が適当な真言を唱えたら、僕らは事前に身の回りを調べておいて、その通りに死者像を演じるんです。僕らに死者の魂が降りたということにして。それを先生は自分には口寄せの才能があると思い込んでいるんです。いやあ実に可哀想ですねえ」
 可哀想なんてこれっぽちも思っていないような声色だ。名俳優ですねと褒めると、彼は光栄ですと微笑んだ。
「ネタバラシしてからでなんですが、今ここでやってみせましょうか? リクエストなら何でもお答えできますよ」
「え、何でもですか?」
「ええはい、何でも出来ますよ。死者でも生者でも。今朝方、貴方が可愛いなと思ったコンビニ店員も、会社の嫌いな部下も、十四の時に亡くなった妹さんも」
「……一体どこまで調べてるんですか、私のこと」
「さあて? どこまででしょうねえ」
 企業秘密ですよお、と間延びした舌足らずな喋り方。彼はいたずらっぽく口の端を吊り上げて肩を竦めると、髪を耳にかけ直した。髪の色も目の色も声の高さも何もかも違うはずなのに、今の彼の姿は記憶の中にある妹とよく似ている。