01


 ごとんと大きな音がした。
 その後を追うように、かたんという小さな音も。
 
 前者は事切れた青年の体が床に倒れた音で、後者はその青年の父親が震える手から取り落とした鈍く光る銀色の"モノ"が床とぶつかって発した音だ。
「とうとうやってしまったな」としゃがみこんでひとりごちる彼の肩に、青年の母親--要するに彼の妻がそっと手を置いた。
 
 
 
 
「お世話になってます。先ほど連絡しました回収課です」
 インターホンに向かってそう言って数十秒待てば、ドアが開いて疲れた顔をした男が出てきた。たぶん40代後半か50代前半。男は「どうも」と軽く会釈をした後、「こちらです」と言って室内に向かって歩き出したので、その後ろをついていった。
 
 (電気点けりゃいいのに。辛気臭えの)
 部屋に入る。明かりはカーテンに遮られた日光だけの、薄暗い部屋。
 でも、まあ、自ら殺めた息子の姿を明るく照らすのは嫌だろうし、仕方ない。
 
「イトウさん」
 部下のササキが俺にだけ聞こえる音量で話し掛けてくる。
「なんだよ」
「電気点けたら駄目ですかね」
「駄目に決まってんだろ。遺体以外に触るな」
 ちぇーやっぱり、とササキが口を尖らせる。分かってんなら最初から聞くな、と軽く蹴った。
 
 軽く現場の状況を確認する。遺体を動かした形跡はないか、外傷や出血はないか、ちゃんと死んでいるか。特に変わったところもなかったので、手早く遺体を回収用の袋に入れて、車の荷台に載せる。
「じゃあ、以上で終了ですんで。最初に説明受けてるとは思いますけど手続きとか書類書いたりとか、色々あるんで。まあそのうち役所の人間が来て説明してくれるとは思います」
 父親は聞いてるか聞いてないか分からない顔で頷いた。ぼうっと息子――だったものが載せられている荷台を見つめている。この様子じゃ後々立ち直れるか怪しい。まあ、関係ないけど。
 
 
 
 ――数十年前、詳しい年数は忘れたけれど、ある時からこの国の子育ては大きく変化した。
 産まれてきた赤ん坊は産みの親と顔を合わせるよりも先に自分のクローンを作られる。それから両親の元に返される。一方でクローンはというと、22歳の誕生日まで、専用の施設で教育を受けつつ過ごす。
 あとは簡単な話だ。両親は自分の子供が22歳になると、オリジナルかクローンか、どちらか一方の優秀な方だけを選ぶ。あんまりにもオリジナルの出来が悪くてその生活に耐えられなくなったら、そこで強制的に終わらせる。そうして、施設育ちの優秀なクローン体を我が子して迎え入れる。
 
 先ほどあの父親から受け取った小型の機械を手の中で転がす。このボタンを押すだけで、オリジナルは心臓麻痺で死ぬ。この世に生を受けると同時にそういう処置を施されるのだ。文字通り、子供の生殺与奪の権利は親にある。
 
 
「イトウさんってオリジナルですか? クローンですか?」
 ササキがカーナビに次の目的地の住所を入力しながら聞いてきたので、思わずぎょっとした。
「馬鹿お前、そんなんホイホイ人に話さねえよ。話すなら配偶者ぐらい……」
「イトウさん彼女いましたっけ」
「…………」
「僕の彼女の写真、見ます?*ミキちゃんって言うんですけど」
「そんなもん誰が見るか! ったく……次行くぞ次。今日は件数が多いんだから、さっさとしないと残業確定だ」
 わーかってますよぉ、とササキはセルモーターを回す。きゅるるるるん、と軽い音がしてエンジンがかかった。
 
 
「次って外ですか中ですか」
「中。さっきと同じで居間で死んでる」
「あーじゃあ楽ですね」
「外で死んでんのに比べたら楽だけどよぉ、どうせ殺すんなら病院とか施設とか、俺達が回収しやすい場所で殺せばいいのに。わざわざ自宅で夜中に殺しやがるから」
 めんどくせえ。と吐き捨てる。まあまあ、とササキの宥めるような声。
 
「人ひとり殺すんですから、国から許可降りてようが人の目気にして当然でしょ」
 
 
 
 
 車が走り出す。
 何となくさっきの家を見る。
 カーテンの隙間から誰かがこちらを見ている。
 やつれた女。
 多分、母親。
 目が合ったので、すぐにそらした。
 
 
 あああ、見るんじゃなかった。そう思ってタバコに火をつける。
 禁煙車両なんですけどぉ、とササキが窓を開けた。