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 『――容疑を認めています。前々から殺したいと思っていた、殺すだけでは気が済まなかった、などと供述しており、警察は詳しく――』
 
 アナウンサーが淡々とした声でニュースを読み上げる。母親が実子を殺害するという--おまけにバラバラに--凄惨な事件として、繰り返し報道されている。ここ数日、このニュースを聞かない日はない。イトウさんの指が横から伸びてきてラジオを消した。
「聞いてたんですけど」
「別にもういいだろ。散々聞いてるし、思い出したくねえし」
 確かに実際に現場を見た身としては、聞いていてあまり気持ちのいいものではないけれど。ゴミ箱と、浴槽と、冷蔵庫の中と――。あの日を思い出すと同時に、口の中に不愉快な味が蘇ってきた。
 
「こういうのって刑期何年ぐらいになるんでしょうねえ。っていうか出て来られるのかな」
「さあ」
 そっけない返事。
「万が一出て来たとしたら、こういう奴でもクローン引き取る権利があるんだろ……あ、ここ右な」
 右へのウィンカーを出して、対向車線の流れが途切れるのを待つ。クローンを引き取って生活できる環境だと認められないとか、責任能力に問題が見られるとか、よっぽどでない限りクローンの引き取りを拒否されることはない。そもそもああいうリモコンを支給している訳なんだし、殺す殺さないは引き取り条件とは関係ない。イトウさんが煙草に火を点けて、煙混じりのため息を吐き出したので窓を細く開けた。
「なんつーか、クローンも大変だよなあ」
 
 イトウさんの言葉に対して、案外そうでもないんですよ、と答えれば、ハア? と怪訝な声が飛んできた。
 
「僕らってそういう風に教育されるから、不安だとか心配だとかってあんまり感じないんです」
 クローンとして産まれてから引き取られるまでの間、専門の機関で教育を受ける。基本的な教育と、クローンとしての道徳倫理と。言い終わって少しの沈黙。そうして「……ああ、お前クローンの方か」と合点がいったようにイトウさんが呟いたのでそうです、と頷く。
「とは言っても殺された訳じゃないので安心してください」
 可愛い我が子にそんなことする訳ないじゃない、と何度も言われたことを思い出す。本心なのかは知らないけれど。何を安心したらいいんだよ……と小さく呟いているイトウさんを無視して話を続ける。
「今でもはっきり覚えてます、死んだ時のこと。と言っても覚えてるのは僕じゃない方の僕なんですけど」
「……ややこしいからどっちでもいい」
 はーいと軽く返事をする。
「それで、事故で死んだんです、僕。居眠り運転のトラックに轢かれて」
 
 17歳。高校2年生。下校途中。  欲しい本の発売日だったので本屋に寄り道して、本を買うついでに立ち読みをした。ついつい長居しすぎて少し焦りながら本屋を出た。もう日が暮れようとしていたし、その上雨が降り出したので薄暗くなり始めていた。鞄に入れていた折りたたみ傘を差して、駅へと歩く。駅前の横断歩道の歩行者信号が青に変わるまで待つ。少し待って、信号が赤から青に変わってスピーカーから誘導音も流れ始める。雨脚が強くなってきたのを傘に当たる雨粒の音で感じながら、横断歩道を渡り始める。そうして、トラックのヘッドライトを眩しく感じて、次に気が付いた時にはもう病院のベッドの上。漫画の展開っぽいなと思って軽く笑ってからナースコールのボタンを押した。
 
「--で、幸いにも脳は無事だったのでオリジナルの方の記憶を移す手術をしたんですよ。したというか、勝手にされたというか。それから暫く入院してて、でも入院生活って暇じゃないですか。友達も毎日お見舞には来られないし、そもそも学校があるから放課後しか来られないし。それで病院内を散歩してたら、いたんですよ。屋上に。…………え、誰がって。そんなのミキちゃんに決まってるじゃないですか……。詳しくは省きますけど、ミキちゃんも色々あって入院してたんです。で、初めて見た時からうわやばいと思って、まあね、それで、まあ……頑張って話し掛けたんですよ……。めちゃくちゃ緊張したんですけど歳も近いし話も盛り上がって安心しました。そうしたら--」
「あのさ」
 
 盛り上がってるところ悪いけど、とイトウさんが口を挟んだ。
「……その話長くなるか」
「ええ? 当たり前じゃないですか。ミキちゃんとの出会いのシーンですよ。最重要で--」
「じゃあいい。飛ばせ」
「はあ!? 何でですか!?」
 助手席からガゴンと大きい音がした。急に叫んだ僕に驚いたイトウさんがダッシュボードの下に足をぶつけた音だ。思わず吹き出したらじろりと睨まれた。じんじん傷んでいるであろう足を擦りながら怒鳴られる。
「いきなり叫ぶんじゃねえ! あとお前の重要度と俺の重要度を一緒にすんな! それと前向け!!」
「はいはいはいはいわかりました……。それから退院して、大学入って、卒業して、今に至る。ですよ」
 しょうがないので簡潔に話をまとめて終わらせる。あっそ、と感情が篭っていない返事をしたイトウさんは、短くなったタバコを灰皿に突っ込んで座席を倒して横になった。赤信号になったのでブレーキを踏む。ミキちゃんのこと飛ばしたら盛り上がらないんですけど、と文句を言ってみたものの返事は無い。なんとなく沈黙を居心地悪く感じたのでラジオを付けようかと手を伸ばしたけれど、イトウさんが口を開いたのでやめた。なるほどなあと感情が篭っているのかいないのか、いまいち判断できない声色。
 
「まあつまり、佐佐木俊はこの世に一人しかいないってことだろ」
「……そうなりますけど」
 そりゃあ良かった、とイトウさん。何が良いのだろうか。
「お前みたいなのが2人いたらと思うとぞっとする」
「はあ? 僕もイトウさんが2人もいるのは嫌ですし」
「うるせえ馬鹿」
 青信号になったのでアクセル踏んで車を走らせた。
 
「そういや手術って実際どうなんだよ。混乱しねえの?」
 事件か事故か殺したかはさておいて、オリジナルを喪った親がクローンを新たに我が子として迎え入れる時、記憶を移行する手術を行えば変わらず生前の記憶のままでいてくれる。勿論行わない選択肢だってあるけれど。
「確かに最初こそ混乱はしますけどね、でも案外悪いものじゃないんですよ。むしろ良いくらい」
 へえ、と相変わらず感情の篭っていない相槌。構わず話を続ける。
「記憶は移せても取り除くのは出来ないんで、単純に考えて経験値が2倍になりますからね」
 元々真面目だったし、どちらの僕も頭は良い方だと自負してる。実際に成績も良かったし。その2人分が1人に収まるんだから、それはもう。
「だからこの国で天才って呼ばれてる人って殆どこの手術受けてるんじゃないかなーって思うんですよね」
 言い終わるとイトウさんが長い長い溜め息をついた。
「…………お前と話してると知らなくていいことばっかり知るな」
 言って、また溜め息。あははと笑う。
「イトウさんこそ知らなくていいことばかり知ってそうな顔してますけどね」
 うるせえぞ、と怒られた。