後天性魔法少女


 多分私は不運なんだと思う。
 そう自覚し始めたのはいつのことだったか。
 
 少なくとも中学一年生まではそんなこと考えもしなかったな、と思い返しながら私ーー加賀屋亜香里は地面に落とした眼鏡を拾った。
 かける前にくるくると回して全体を確認してみると左側のフレームに傷が出来ているのを発見した。多分瓦礫の破片か何かが飛んできて出来たんだろう。うう、これ、結構気に入ってたのにな……。
 レンズが割れてないからまだ大丈夫。と自分に言い聞かせた。直したいけれど、今月はちょっと、懐が寒い。
 
 眼鏡をかけて頭を左右に振ると、ピンク色の髪の毛が茶色に戻る。それと同時に癖っ毛が先週ストレートパーマをあてたばかりのさらりとした髪質に変わる。うなじにあたる感触が違う。
 
 衣服も同様に。埃を払う様にぱたぱたと軽く叩くとそこから元に戻っていく。ピンクとリボンとたっぷりのフリルが愛らしさを主張していた派手なコスチュームも、一度叩けばフォーマルなスーツに早変わりだ。
 仕組みはよく分からない。一度教えてくれたことはあるけれど、さっぱり理解できなかった。理解できないことは深く考えない主義なので、その時は「元に戻るならまあいいや」と思った。
 
「そこで思考を止めるからいつまで経っても馬鹿なんだよネ」
「うるさい」
 
 顔の横をふわふわと飛んで小言を言ってくる猫のぬいぐるみもとい、私の使い魔も、ぱこりと手刀を食らわせればあっという間にストラップ程度のサイズに小さくなる。
 
「私は余計なことに頭を使いたくないの。これから会社に戻って頭を使わなきゃいけないんだから、ここで疲弊させる訳にはいかないんだって」
「だからキミは駄目なんだヨ……」
 
 だらだらと続く小言を適当に聞き流しながら、リボンがあしらわれたパンプスのつま先で地面をトンと叩き、無難なオフィス用のパンプスに戻した。これで全部元通り。今の私の姿は何の変哲もない会社員だ。
 
 
 
 ーーさて、突然だけれどあなたは魔法少女と聞いて何を思い浮かべただろうか。
 
 漫画? アニメ?
 まあそれはなんでもいい。
 あなたが思い浮かべたものが漫画だろうがアニメだろうが、とにかくあなたはフィクションの中のものだと思ったに違いない。
 
 女の子が華やかな衣服を着て、不思議な力を使って敵を倒したり、問題を解決したり。
 
 そんなのフィクションの世界だ。
 有り得ない。
 有り得ない、けれど。
 
 そんな有り得ない存在ーー魔法少女ーーに、なってしまったのだ。
 誰が? 私が。
 私が不運だと自覚し始めた時。
 それは魔法少女になってからなんだと思う。
 
 
 
 ーーさあ、魔法少女の仕事はこれで終わり。
 早く会社に戻らないと。
 
 上司に頼まれた仕事を放り出して来たからきっとお咎めを受けるのは避けられないはず。
 おまけに今日は朝から課長の機嫌が悪いので、会社に帰ってからもまたネチネチと嫌味を言われることだろうな、と思うと足が重く感じた。
 
 はあ、とため息をついて眼鏡のフレームを一撫で。忘れていた傷にうっかり触れて、気分が一段と落ち込んだ。
 
 
 
 加賀屋 亜香里。23歳。
 職業は事務員。それと魔法少女。
 このご時世、魔法少女の肩身はまだまだ狭い。