枕辺探偵事務所奇譚


 枕辺獏せんせいが顎に手を添えてどこか遠くを見ながら思慮深い顔をしている間、その頭の中ではロクでもない考えが渦巻いているのだということを知ったのは、柊子夢わたしがこの探偵事務所に勤め始めて半年が経過してからのことだった。
 
 あの顔の出番は、案外多い。
 浮気調査の証拠を机に並べている時なんかはいつもあの顔をしているし、私がこの事務所にお客として初めて訪れた時も、そういえばああだった。あの顔を見た後は大抵良くないことが起こる。お陰で、ここでこうやってこき使われる羽目になったし。
 
 
 机いっぱいに証拠を広げている時は、情報を精査している訳ではない。そんなことはとっくの昔に済んでいて、じゃあ何をしているのかと言えば、集めたあらゆる証拠の一つひとつ、それぞれをどうやって伝えれば依頼人は怒りに震え、悲しみに嘆くのか。どの順番でどんな口振りで伝えれば、依頼人のありとあらゆる感情を最大限に引き出せるのか、なんて、そんな最低最悪なことを考えているのである。
 
 先生は、他人の不幸に自分の喜びを見出す人間だ。
 自分に全く関係のないところで全く関係のない他人が不幸になる。それを見るために、探偵なんて仕事をやっている。そして、私は事務員としてそれの一端を担っているのである。
 
 
 悲しいかな、私がその事実に気付いたのはこの探偵事務所に勤め始めて1日目のことだった。