宇宙のお菓子
「ハッピーバースデー坂崎」
ばこばこばこんと器用にクラッカーを3つ同時に鳴らした先輩を私はじっとりと眺めました。
玄関先にカラフルな紙テープと紙吹雪が散らかります。私の頭にも少しかかりました。
人の家の玄関先で開口一番ゴミを撒き散らすなんで非常識にも程があるので、一度室内に戻ってホウキとチリトリを手に取り、それを無言で先輩に突き付けたところ、流石の先輩も私の不機嫌さに気付いたのか無言でのそのそとゴミの掃除を行いました。
玄関先がぴかぴか綺麗になってから、先輩を部屋に招き入れました。
「機嫌が悪いな坂崎。生理か?」
「夜中の3時にいきなりこんな事されたら誰でも不機嫌になると思うんですけれど」
それもそうだなあ、と先輩は特に悪びれもせず麦茶をぐびぐびと飲みました。そうして傍らに置いていたコンビニの袋から、ガサガサと小袋を取り出してテーブルの上に置いて言いました。
「まあこれでも食べて落ち着けよ。折角の誕生日なんだし」
「ああ、忘れてました! そうです! それです! ……私の誕生日、昨日なんですけれど」
私の誕生日は昨日、7月7日です。今日は7月8日。そして午前3時です。
いや、まぁなぁ。と先輩は珍しくバツが悪そうな顔をしました。「忘れてた訳では無いんですね?」と聞くと「当たり前だ! 可愛い可愛い後輩の誕生日を忘れている訳がないだろう!」と逆に怒られました。
「本当は日付が変わる前に来ようと思ってたんだけどなあ……プレゼントの準備に手間取って」
「プレゼント……ああ、これがですか?」
私はテーブルに置かれた小袋を持ち上げて揺らします。うん、と先輩が頭を揺らして肯定して、開けてみろ、と言ったので言われたとおりにリボンを解いて中を覗き込みました。
きらきらと、小さく光る塊がいくつか入っています。覗き込んだだけでは何か分からなかったので、手のひらにそっと出して改めてそれを見ました。
手のひらに出したそれをひとつ摘んで蛍光灯の光にかざします。光を反射して、小さいのにちらちらと輝きを放ちます。素直に綺麗だなぁと思ったけれど、先輩が持ってきたのだと思うとそれはそれはかなり癪だったので口には出しませんでした。
「飴ですか」
「不満そうだな」
「3時間の遅刻の結果、飴っていうのはちょっと期待はずれです」
「まあそう言わず、食ってみろ」
促されたので仕方なく摘んでいた一つを口に運びます。あ、これは。
「おいしい」
「だろう! 頑張ったからな!」
先輩が目を輝かせて喜んでいるので、少しだけ引きました。口には出しません。頑張ったと言うことは手作りなのかな。飴は小粒なのであっという間に舐め溶けてしまいました。また別の飴を口に含みます。
「その飴、金平糖みたいだろう」
「ですね」
「元はただの丸だったんだけど、そっちの方が良いかと思って。」
だから削ってみた。と事も無げ言いました。
「はあ、相変わらず器用ですね……」
そんなことを言いながら食べていたら、元々あまり量が入っていなかったので、あっという間に食べ終えてしまいました。ひとつひとつは甘くて美味しいけれど、しつこい甘さではなくて、ついついたくさん食べてしまいそうです。だから、逆にこの少なさで丁度いいのかもしれません。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
先輩は、ぐわぁと大きくあくびをしました。
「坂崎のために存分に働いたからなあ。もう帰って寝る」
「どうもありがとうございました。ゆっくりおやすみください」
玄関に向かってどたどたと歩いて行く先輩。
流石に誕生日プレゼントを頂いて見送りをしないのも失礼だと思って私も玄関に向かいます。
「そういえば、あの飴結局手作りなんですか? これだけ時間がかかったっていうことは……」
私は先輩の背中に話し掛けます。いや、と先輩の後ろ頭が左右に揺れました。
じゃあ売り物? 違う、貰ってきた。
どこからですか? と聞くとあそこ、と言って先輩はスッと上を指差しました。
「あそこ?」
つられて上を見ます。
そうして、気付きました。
真っ暗な、真っ黒な夜空。
あれがありません。
きらきらと、輝く、沢山の、あれが。
あれ。私が食べたものって。
「せんぱい」
あなた、何したんですか。と口に出す前に先輩はとっとと階段を降りて帰って行きました。