ウェッデル海でつかまえて
ペンギンを模したカメラを群れの中に置いて、ペンギンの生態を観察する調査チームに所属していたのですが、ある日、ちょっと困ったことになりました。ペンギン型カメラは自分自身をペンギンであると勘違いし、調査基地の最奥に位置する資料庫を占拠してしまったのです。籠城するペンギン型カメラに頭を悩ませた我々は、自身をペンギンだと思い込んでいるペンギン型カメラを説得するためのペンギンのヒナ型カメラを送り込むことを企てたましたが、もっと困ったことになりました。
ヒナ型カメラは呆気なく籠絡されてしまったのです。
ヒナを送り込んでから数時間後、覗き込んだ我々の目に真っ先に飛び込んできたのは、ペンギンの親子が仲睦まじくしている様子だったので、誰ともなく「あちゃあ」と頭を抱えました。よくよく考えてみれば、子より親が強いのは当たり前。卵から孵ったばかりのヒナ(もちろんヒナもまたヒナ型カメラなので、卵から孵ったばかりというのはあくまでも設定です)では尚更です。
ドアの向こうから聞こえる主義主張も、鋭いクチバシから受ける攻撃も、すっかり二倍になってしまいました。
ドアの向こうでは「自分は今年で九歳になるコウテイペンギンである」「自分はその子供である」「早く群れの中に帰りたいと言っているのだが」「ああ、クレイシが恋しい」などと言い合いながら、親子はやはり翼をバタバタやっています。ちなみにクレイシというのは、ペンギンの雛だけで構成される群れのことで、言わば保育所です。
閑話休題。次に我々は、子供が駄目なら配偶者だ、と彼(あるいは彼女)の配偶者という設定のペンギン型カメラを送り込みました。残念ながらそれも籠絡されました。それでは更に大人だ。友人ではどうか。隣人なら。宿敵は。赤の他人を。……と、送り込んだ刺客は多種多様に渡ります。結果はどれも失敗で、敗北を喫し続けている内に恐れていた事態に陥りました。
ペンギンたちの脱走です。
資料庫の隅にぽっかり空いた穴は、恐らく彼らが協力して開けたものでしょう。鋭く再現したクチバシが、また、仇となってしまいました。
そういう経緯を経て、現在我々調査チームは、コウテイペンギンの生態の調査ではなく、ペンギン型カメラの捜索を行っています。
既にバッテリー切れを起こしているのでは、雪の下に埋もれてしまっているのでは、という声もありますが、私は案外彼らは南極のどこかに群れを形成しているかもしれないと予想しています。それは希望的観測だと呆れられることもあります。ですが、資料庫越しに眺めた彼らの姿は確かに強かでしたから、ガァという鳴き声がする度に、モーター音も聞こえるのではないかと、ついつい耳をそばだててしまうのです。