猫菫
本が好きだ。
本が好きだったからお婆ちゃんが読み聞かせをしてくれていたのか、お婆ちゃんが読み聞かせをしてくれていたから本が好きになったのか。そんな、卵が先か鶏が先かのような疑問の真相は分からないままだけれど、とにかく私は幼い頃から本を読むのが好きだった。
優しい両親は幼い私に沢山の本を買い与えてくれたし、これまた優しいお祖母ちゃんはそんな幼い私が遊びに来る度に本を読み聞かせてくれた。お祖父ちゃんは私が物心付く前に他界してしまったらしい。
「おばあちゃん、昔は本を読むのが得意じゃなかったの」とたまに言っていたけれど、そんなことを感じさせないくらいお祖母ちゃんの読み聞かせは上手だった。だから、やはり私が本を好きなのは、お祖母ちゃんの読み聞かせあっての物なのかもしれないと時々思う。
「菫は本当に本が好きだね」
ある日、お祖母ちゃんにそんなことを言われたので幼い私は「うん」と返事をした。「じゃあ、そんな菫にひとつ教えてあげる」と言ったので、また私は「うん」と返事をした。お祖母ちゃんが飼っている、白黒の猫が大きくアクビをしている。一体何を教えてくれるんだろうと期待に胸を膨らませている私に向けて、お祖母ちゃんはニッコリと微笑んだ。
菫とおばあちゃんだけの秘密だよ、と前置きをして、お祖母ちゃんはゆっくりと話し始めた。
ずっと前に閉店した、古びた古書堂のこと。数えても数えてもきりがない程のホコリっぽい本の山のこと。そこで本に囲まれて暮らしている、人の姿をした猫又のこと。ゆらりと揺れる二股に分かれた尻尾のこと。
嗚呼、悲しきかなお祖母ちゃん。
どんなに良い人でも老いには勝てないんだなあと幼心に思ったものだ。衝撃はあまりに大きく、その日のことは未だに時々思い出す。
優しい祖母が突然教えてくれた妙ちきりんな話を、私はずっと信じられずにいた。ある日、時代に取り残されような古書堂に巣食う、本の虫ならぬ本の猫に出会うまでは。