君を食む
君を食った。
私を置いて旅行に行くとかいうフザケたことを言い出したので慌てて食った。予想通り君の部屋からは一人分の航空券が見つかって、私はしめしめと思いながらそれを盗る。そして迷うことなく換金しに行った。
換金して手に入った金はまるごとキッチン用品に消えた。
君は覚えているかな、ぐずぐずになったトマトの残骸を。ただでさえ切れ味の悪かった包丁は、君の肉の調理を以てその生命を終えた。
それからビニール手袋。連日に渡って君の肉をぺたぺた捏ねていたらあっという間に無くなってしまった。今度はちょっと奮発して高いやつを買ったよ。これなら捏ねている最中に穴が開いて手をべたべたにした君が、「あーあ」という顔でこっちを見ることはなくなるだろう。
あとは大きい寸動鍋。これは別になんということはなく、私が大きな鍋でパスタを茹でるのに憧れていたから買っただけ。
ところで私は私と賭けをしている。
まもなく君は私の腹から出てくる頃だ。私の腹を中から痛いほどに蹴っ飛ばしてくるのがその予兆。出て来た君の第一声が「何をすんだ馬鹿」というものなら二人一緒にハンバーグを食べに行く。それ以外なら私が君を食ったように、今度は君が私を食う。
ここ暫く食べ続いた君の肉にはすっかり飽きてしまった。けれども牛の肉ともなれば話は別だ。完璧の二文字に足が生えて歩いているような君であろうと、その肉の味は牛には負ける。世の中そういうものだ。
だけれど出てきた君は開口一番こう言った。
「パリに行かせろ」と。
そういう訳で私は私の犯した罪を受け入れて、君の腹の中で外に出られる時まで大人しく懺悔していようといたのだけれど、焼き立てのスコーンはズルくないかい。バターの匂いが鼻腔をくすぐった日には、耐えかねて君の腹を強く蹴ってしまった。きっと君はほくそ笑んでいるんだろう。
なあ君よ君、もしかしてイギリスに来てないかい。