腹痛とビーバー
あんまりにもお腹が痛いので病院で診てもらったら、胃カメラ検査をすることになりました。スルスルスルスル。どんどんカメラが挿入されていきます。その名状しがたい異物感と嘔吐反射に耐えていると、顔の見えないお医者の先生が突然、「あっ」と声を上げました。
ええっ、こわい。やめてほしい。
なんなんですか? と目で聞くと、先生は黙って胃カメラの映像を映し出しているモニターをこちら側に向けてくれました。嫌だな、自分の胃壁は見たくないな、と思いつつそれを覗くと、
「ビーバーです」
ビーバーでした。
モニターが映し出しているのは、もちろん私の胃の中で、ビーバーが今まさにダムを作っている様子でした。ダムの構成材の中に見える緑色のものは、昼に食べたパスタの中に入っていた、アスパラガスで間違いないでしょう。これが腹痛の原因、種が分かればひと安心。ですがお腹は依然としてズキズキと傷んでいます。
先生の説明によると、手術でダムごと取り除くか、薬でビーバーごと殺して流してしまうか。どちらか選べるとのことでした。殺生なんてとんでもない。心優しい私は、迷わず摘出手術をお願いしました。
……嘘です。見栄を張りました。
「手術なんて怖い! 薬ならいくらでも飲みます!」
そう主張しようとしたところ、身の危険を感じたビーバーたちは、画面越しに決死のアピールを始めました。その、つぶらな瞳を潤ませて、ちいさい両手を振り乱して、ダム建設にどれほどの苦労があったかを主張し、挙げ句、その鋭い前歯を胃壁に――…。
ええ、そうです。私は屈したのです。胃壁を人質に(胃質?)に取られた私は、迷わず摘出手術をお願いしました。
その後は看護師さんのアドバイスを受け、摘出されたビーバーたちの身柄を隣市の動物園にまるまるそっくり明け渡すことにしました。噂によれば、今は広い園内で気兼ねなくダム作りに精を出しているそうなので、私も今度、顔を見せに行く予定です。そうして尋ねてみようと思います。胃の中とこちらではどちらが住みやすいか、と。答えは聞かずともわかっている気がしますが。