深夜2時のドライブ
助手席から投げ掛けられる何度目かも分からない謝罪の声に腹が立ったので、少し乱暴にハンドルを切ってみたところ「きゃあっ」という小さい悲鳴が上がり、アシストグリップを掴む様子を視界の端に捉えたので、ほんの少しだけ胸がスーっとした。
……というのに、またさっきよりも更に申しなさを増して謝罪してくる。生憎ここから先は暫く直進で、嫌がらせに派手にハンドルを切ることが出来るカーブはもう少し走らないと現れない。残念だ。次のカーブが来たら覚えとけ、と心の中で呟いた。そんなことを考えている内に、申し訳無さで小さくなっている助手席の人物からは謝罪の言葉がもう一度紡がれて、多分このまま放っておいたらどんどん小さくなって消えてしまうんじゃないだろうか。ただでさえ小さいのに。
「いい加減謝りすぎですよ」
「や……だって、こんな夜中に申し訳なくって」
そうですね、こんな夜中にね。『02:12』とメーターパネルに表示された現在時刻を読み上げると、助手席の人物――もとい、いつものお嬢さん――は更に身を縮こませた。「本当に夜分遅くにすみませんでした……」という声が聞こえた気がした。欠伸を噛み殺す。欠伸を噛み殺したのも、お嬢さんの謝罪の回数と同じくもう何度目か分からない。
「確かにこんな夜中に呼び出しやがってふざけんなとは思いましたけど、それにしたって謝りすぎです。……あと申し訳なく思ってるんなら、謝罪するより回数減らしてもらえた方が助かるんですが」
うぐ、と言ったきり黙ってしまった。こんなことを言ったが、今後とも呼び出される回数が減ることはないだろう。
そもそもどうしてこんな夜中に運転する羽目になったのかと言うと、お嬢さんに突然用事が出来たらしく、車でそこまで移動しようとしたのだが、エンジンが掛からないらしくて……まあ、つまり、簡単に言えば車を運転しなければいけなくなったものの、いつものように不調を来たし、助けを求めて呼び出されたのが俺、という話で。ちなみに俺がエンジンを掛けようとしたら一発で掛かった。不思議だ。不思議すぎてもう怒る気も失せてきた。何でもいいからとにかく早く送り届けてさっさと寝たいんだ俺は。
「眠い眼擦りながら運転するか、ペーパードライバーが目的地に着けるかを布団の中で心配するかの二択でしょうが。そんなら迷わず前者ですよ、前者」
「確かにペーパーですけど流石に目的地に着くくらいは……」
「この前道に迷った挙句にガス欠してたのは誰でしたっけぇ」
「そ、それは」
「1日3回キーを閉じ込めた事もありましたねぇ。いや、4回だったかもなぁ」
「うっ……」
「とにかく、間違っても運転しようとか思わないでください」
「…………」
「返事は」
「……はい」
欠伸を噛み殺しながら、ぼんやり時計を確認した。『02:34』のデジタル表示は、瞬きをしたら4の数字が5に切り替わった。帰ったら3時は優に過ぎるだろうか。
「そういう事で、何かあったら遠慮せず呼ぶように」
「い、いいんですか……?」
「いいんです。お嬢さんが運転したら何が起こるか分かったもんじゃないし、心配ですから。……ほら、返事は」
「はっ、はい」
そうやって返事した後に、また小さく謝罪の言葉らしきものを言った気がした。尤も、エンジン音にかき消されて何と言ったかはほとんど聞き取れなかったが。そうこうしている内に、目的地直前のカーブに差し掛かった。ここを右折すれば今夜のドライブはようやく終わる。ウィンカーを出して出来るだけ減速せず勢い良く右折したところ、助手席の人物は予想通りバランスを崩しながら「きゃあっ」と情けない悲鳴が上げた。