愛縁奇縁
贋作には贋作の良さがあるとは解っていたつもりでしたが、やはり真作の前ではどれも霞んでしまうというものです。
どれだけ名のある作家の作品だろうと、真の芸術の前には無意味なのでありました。ひと目貴女を見たその日から、途端に自分の周りの何もかもが醜いものであるように思えてしまったのです。いえ、実際、醜いのです。醜いものだらけですから堪ったものではありません。信じられますか。信じられないでしょうね。あの壷も、絵も、茶器や掛け軸も、そうして妻も。耐えられるはずがありません。どうしてくれましょうか。
骨董品集めは祖父譲りの趣味でありました。自惚れですが、目利きの腕もそれなりのものだったのです。あれだけ嬉々として集めていた沢山の品々もすっかり手放してしまいました。何もないがらんどう。独身の頃を思い出します。
……いいえ、一つだけ嘘をつきました。すっかり手放してしまったと言いましたが、私にはどうしても手放せなかった物があるのです。貴女の目に似た色の翡翠。これだけは手元に残してあるのです。そうです。きっと、なにもないがらんどうの部屋が寂しかったのでしょうね。窓際で陽の光に翳すとちらちら輝いて、まるで貴女が側にいるかのように感じられ、どうしても手放すことができませんでした。私は結局、みみっちい男なのです。ですが、私はそれだけで満足なのでありました。
いいえ、それも嘘です。嘘だらけの男でどうしようもありませんね。それだけで満足なのだと自分自身に言い聞かせていました。いつまでもお若い貴女には分からないかもしれませんが、一日一日と、日を増す毎に、己の衰えを感じるようになりました。貴女の美しさはこんなものであったのか? あの日お目に掛かった貴女の瞳の色は本当にこの翡翠のようであったのか? あんなに美しいもの、忘れようにも忘れられません。それでも自分に自信が無いのです。衰えというものはそれだけ非道いのです。私が信じたこの翡翠は果たして本当に貴女の瞳と同じ色なのか。それだけが確認出来れば満足なのです。
笑って頂いても構いません。もう一度貴女とお目に掛かる為に、私は一念発起することと致しました。貴女が慕う彼のお眼鏡に適うでしょうか。きっと適うことでしょう。平々凡々な老翁とはいえ、一人の男の人生を懸けた最期の晴れ舞台なのですから。
別れた妻には先程連絡をしました。間もなくこちらにやって来るそうです。今思えば、あれも中々可愛い女でした。これから殺されるともいざ知らず、のこのことやって来てしまうのですから。