宛先不明


 ご存知でしたか?
 私は獄中で新聞を読むことを何よりの楽しみとしていました。貴方が作り出した――いえ、貴方と私とで作り上げた作品が、一体どのようにして世間に伝わっているのか。それを知るのが私の唯一の趣味なのでした。
 今回の仕上がりには殊に驚かされました。貴方は即興劇がお得意で、本当に憧れますね。私が地道に作り上げた舞台がまさかあんな脚本で彩られるなんて思いも寄りませんでした。私の主人も浮かばれることでしょう。次、作品を共に作る時がまた一層楽しみです。
 ――ああ、そうでした。私はそろそろ出られるそうですよ。模範囚を心掛けていました。貴方を思えば辛い刑務作業も何と言うことはありません。ここを出たら、またすぐ舞台作りに専念します。暫くのブランクはありますが、ええ、でも、大丈夫。抜かりはありませんよ。体が覚えていますもの。次もきっと、素晴らしい作品になる筈です。なんてったって、貴方と私の共同作品なんですから。
 
 
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 新聞、読みました。どうしてですか? あんなことをされたら困ります。事前にお話を頂ければ、こんなこと……。
 本当に、どうしてなんですか。私は貴方の為に頑張りました。張り切りました。次こそは流石に出て来られないだろうと私も腹を括り、最後の作品は皆が驚くような作品にしようと思ったのです。なのに。それなのに。どうして新聞に載っているのは私が起こした事件そのままなのですか。私を裏切ったのですか? それとも私の舞台が不十分だったのでしょうか?
 いいえ、決して怒ってはいませんよ。求めているのは謝罪ではなく理由です。私がこうして舞台を作り上げたように、貴方にもきっとその脚本を作り上げる苦労というものがあるのでしょう?
 貴方の口から直接、その理由が聞けるのを待っています。貴方が来られる日を、いつまでも待っていますよ。執行のその日までずっと、ずっと。
 
 
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 ついぞ貴方は来られませんでしたね。ええ勿論、忙しいのはわかっています。
 私は拘置所に移ってからというもの、毎日時間を持て余していました。以前のような刑務作業も無く、日々ぼんやりと作品の反省会を行っていました。次はこうしようというアイデアもどんどん湧いて出てくるのですよ。……ああ、そうですね。何かの手違いで出られでもしない限り、今の私に次のチャンスなど無いでしょう。
 でも大丈夫。ご安心下さい。私達はまたすぐ会えるのですよ。目隠しをされ、手錠を掛けられ、首にロープを巻かれ、足元の板が開いた後、私は生まれ変わりを果たします。生まれ変わった私は迷わず貴方に会いに行くことを誓いしょう。貴方には散々待たされましたが、次は貴方が待たされる番ですね。待つ身の辛さというものを少しは味わってください。
 ――冗談です。出来るだけ早く会いに行くことを約束します。だって私もすぐに作品づくりがしたいのですから。思い付いたこのアイデアを試したくて、ワクワクして堪らないのです。一日でも早く刑が執行されることを貴方も一緒に祈っていてください。
 それではまた、貴方と共に作品を作り上げられる日を楽しみに待っています。
 近頃寒くなってきましたから、風邪など引かぬよう気を付けて。それでは。