羽根を伸ばして


 一体いつどこでどうやって嗅ぎ付けてくるのか、皆目検討が付かないけれど、西園寺さんは今日もまた、いつの間にやら現場に潜り込んでいた。僕の後ろにいた先輩はその背中を見るや否や、西園寺さんに素早く詰め寄って例に違わず怒鳴り始めた。
 互角の応酬は暫く続く。少しして、先輩の罵倒の語彙が尽きたところで一段落し、部屋に静寂が戻る。
 平静を取り戻した先輩(それでもまだ微妙に苛立っている)は、はたと首を傾げた。
「今日はアレくっつけて来てないんだな」
「アレ?」
 西園寺さんも怪訝な顔をして首を傾げる。アレだよアレ、と先輩は立てた指を振る。
「ほら、お前の後ろにいつも何かくっついてんだろ」
「…………ああ……、櫻子なら今日は別行動だよ。…………うちのメイドを妖怪か何かみたいに呼ばないでもらえるかな」
 西園寺さんは顔を顰めたが、先輩は似たようなもんだろ、と鼻を鳴らす。とは言え、流石に妖怪扱いは失礼だ。
「やっぱり居ないと気楽ですか?」
 そう尋ねると西園寺さんは少しだけ目を見開いた。
「分かるかい」
「ええ、はい。若干ですけど」
「気取られるようじゃ俺もまだまだだな」西園寺さんは決まり悪げに鼻をかく。「……幾ら気が置けない間柄と言っても、一人でいるのとじゃ多少はね」
「へえ、お前みたいなのでも周りのこと気にすんのか」
「は?」
「あ?」
 ゴホンと咳払いをひとつ。
「……それを言うなら、そちらもじゃないかな」
「何が」との先輩の怪訝そうな声。
「……お宅の部下は、警部補殿が居ない方が随分伸び伸びしてるように見えるよ」
 西園寺さんがこちらに目配せしてにんまりと笑う。気付けば、「そうなんですよ!」と声を上げた後だった。
「やっぱり分かります!? この先輩ったら声が大きいし厳しいし細かいし、あと顔も怖いし……先輩がいるとなかなか伸び伸び出来なくて……」
「ああ!? 何だとお前!」
 先輩に胸倉を掴まれて、物凄い形相が眼前に迫りくる。思わずぎえっと悲鳴が出てしまう。「それそれ! そういうところですよ!」と叫ぶと膝蹴りまで飛んできた。西園寺さんは視界の端でからから笑っている。