幽霊と私と夏の日
夏休みが終わろうとしている。
登校日だったので久々に制服に袖を通した。朝にはなんだかぎこちなく感じていた制服だけれど、そう感じる一因であったパリッとした糊の感触は、汗をたっぷり吸い込んだせいで今では見る影もない。今朝方に寝ぼけた頭で「こうで合ってたっけ」と思いながら結んだスカーフも鬱陶しくてぐしゃぐしゃにしてカバンに突っ込んでしまった。
夏のピークを過ぎて多少涼しくなったとは言っても暑いのは暑い。額の汗を左手の甲で拭う。拭っても拭っても落ちてくる。ペットボトルを傾けて中身を口に流し込む。帰る道すがら、自販機でスポーツドリンクを2本買った自分の判断は懸命だった。それでも足りないぐらいだけれども。カバンからノートを取り出して、団扇のようにして自分を扇いだ。来る風は生ぬるいけれど、無いよりはずっと涼しい。
蝉の声が響いている。
空には入道雲が浮かんでいる。
真っ青な空。紛うこと無き夏。
ああどうして、こんな日に家の鍵を忘れてしまったんだろう。
理由は分かってる。寝坊したからだ。
夏休みのだらけた生活で生活リズムはすっかり狂ってしまった。何とか朝起きて、二度寝して、三度寝して、気付いたら時間はギリギリ。急いで着替えて適当に荷物を詰めて家を飛び出して、何とか学校には間に合ったけれど帰ってきたらこの有り様。自業自得なのが余計に腹が立つ。
ノートで自分を扇ぎながらぼんやり空を眺めていると、ふいに視界が白くぼやけた。こうなる原因はだいたい予想がつくから私は別段驚いたりしない。もう慣れた。
その正体は安田だ。金髪で、目は紫色。膝から下は完全に透けて見えなくて、残りの部分は全体的にちょっとだけ透けている。
安田啓太は幽霊だ。女遊びが激しくて、彼女(沢山いるのうちの一人だそうだ)に刺された、らしい。安田は幽霊で、馬鹿だ。
そんな安田が逆さまになって、ベンチに座った私に覆い被さるようにして顔を覗き込んできている。「暑そうだね」と言われたので「暑いよ」とだけ答えた。汗ひとつかいていない安田越しに見える真っ白な入道雲が眩しい。思わず顔を顰めた。「邪魔なんだけど」と追い払うようにノートで扇ぐ。「ごめんごめん」と言いながら安田は横にずれた。
「図書館にでも行って涼んで来れば?」
汗を拭う私を見兼ねてか、安田が言う。
「行かない」
「なんで?」
「ここから遠いもん。行ってるうちにお母さん帰ってくると思うし」
それに、この暑い中歩きたくない。早くクーラーで涼もうと息も絶え絶え帰ってきてこの仕打ちなんだから、そんな気力はもう残っていない。
「ふーん」
自分から話を振った癖に相槌が適当だ。
「まあ、死なないようにね」
縁起でもないこと言うな、と怒ると安田はアハハと笑った。もうすぐ帰るよ、とお母さんから連絡があったのはそれから十数分してからのことだった。