生前の彼
東に会いたいと嘆く女あれば
「俺もだよ」と嘘をつき、
西に好きだと言う女あれば
行って薄っぺらい愛を騙り、
南に不安に溺れる女あれば
黙ってその背を撫でさすり、
北に寂しいと泣く女あれば
顔が見たくなったからとドアをノックして、
断りもなく部屋にズカズカ上がり込めば
安い発泡酒で一夜を共にし、
「相変わらず最低だよね」と称賛すれば
「俺もそう思う」と心底楽しそうに笑う。
夜が明ければすぐにこの部屋から出て行って、
私の唾液が絡んだその口で次の女に愛を囁き、
私の髪を優しく撫ぜたその手で他の女の
頭を、肩を、腰を、撫ぜることだろう。
安田啓太という人間は死ぬまでそんな具合だった。